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新種38種を一挙発見 — JAMSTECとOcean Censusが明かす南海トラフと七曜海山列の深海生物多様性

深海ログ編集部
出典: JAMSTEC(海洋研究開発機構) — 日本の豊かな深海生物多様性が明らかに ―JAMSTECとOcean Censusの共同航海・ワークショップの成果―原文を読む →
しんかい6500のマニピュレータが新種のゴカイが共生するガラス海綿を採取する様子

新種38種、未知の生態系 — 日本の深海はまだまだ知られていない

日本の海には、私たちがまだ知らない膨大な数の生物が暮らしています。海洋研究開発機構(JAMSTEC)とOcean Censusが2025年に実施した共同深海調査で、南海トラフと七曜海山列(しちようかいざんれつ)から新種38種、新種の可能性が高い種28種が発見されました。528ロットを超える生物標本が採集され、日本近海の深海が世界有数の生物多様性ホットスポットであることが改めて示されました。

なぜこの調査が行われたのか

世界の海洋に生息する海洋生物種は約24万種が記載されていますが、実際には数百万種が存在すると推定されています。この大きな知識のギャップを埋めるため、2023年に日本財団とNekton財団により「Ocean Census」プロジェクトが始動しました。

南海トラフ海域では、巨大地震を念頭に置いた地質学的調査は多く実施されてきましたが、生物多様性に焦点を当てた調査はほとんど行われていませんでした。また、伊豆・小笠原諸島海域の七曜海山列には、地理的に隔離された未踏の海山が残されており、固有種の存在が期待されていました。

2025年6月4日から23日にかけて、深海潜水調査船支援母船「よこすか」と有人潜水調査船「しんかい6500」を使い、これらの海域で生物多様性のベースラインデータ構築を目的とした調査が実施されました。

しんかい6500のマニピュレータが、新種のゴカイが共生するガラス海綿を慎重に採取する様子。七曜海山列にて撮影。
新種のゴカイが共生するガラス海綿をマニピュレータで採取するようす。Image: © JAMSTEC

南海トラフ — 冷湧水域に広がる未知の生態系

南海トラフは駿河湾(するがわん)から日向灘(ひゅうがなだ)沖にかけてのプレート境界を指し、海底にはメタンを含む流体が自然に湧き出す「冷湧水域(れいゆうすいいき)」が多数存在します。太陽光に頼る光合成とは異なり、冷湧水域の生態系は微生物が化学反応からエネルギーを得て有機物を生産する「化学合成」に支えられています。

これまで南海トラフの冷湧水域で報告されていた生物はわずか14種に過ぎませんでした。ところが今回の調査では、水深600mから4,600mに分布する5つのメタン湧水域で計80種もの生物が確認されました。

発見された生物の内訳

  • 軟体動物(巻貝、二枚貝など):33種
  • 環形動物(かんけいどうぶつ / ゴカイなど):23種
  • 節足動物(カニ、エビ、ヨコエビ類など):11種
  • 紐形動物(ひもがたどうぶつ / ヒモムシ):5種
  • 棘皮動物(きょくひどうぶつ / ヒトデ、クモヒトデ、ナマコなど):4種
  • 刺胞動物(しほうどうぶつ / ヒドロ虫、スナギンチャク類など):3種
  • コケムシ:1種

各調査地点では、過去の記録では1〜6種しか確認されていなかったところ、1地点あたり15〜30種が新たに確認されました。南海トラフが日本近海の中でも極めて豊かな生物多様性ホットスポットであることが明らかになりました。

南海トラフの冷湧水域から採集された多様な生物サンプル。環形動物、紐形動物、節足動物(甲殻類)、刺胞動物、棘皮動物など、様々な分類群の生物が含まれている。
南海トラフの冷湧水域から得られた生物サンプルの一部。環形動物、紐形動物、節足動物、刺胞動物、棘皮動物など多様な生物を含む。Image: © JAMSTEC

七曜海山列 — 未踏の海山で鮮やかな生態系を発見

七曜海山列は東京都の南東沖約500〜700kmに位置する火山性の海山群で、「日曜海山」「月曜海山」「火曜海山」「金曜海山」という曜日の名が付けられています。今回はこれらの未踏の海山を調査し、高密度のガラス海綿群集をはじめとする鮮やかな生態系が存在することを確認しました。

特に注目すべき発見として、ガラス海綿に共生する2種のゴカイの新種、コシオリエビ類の新種5種、さらに八放サンゴ、ヒモムシ類、ヨコエビ類、動吻動物(どうふんどうぶつ)、貝類など多数の新記録が含まれています。

しんかい6500だからこそ可能だった調査

今回の航海では、有人潜水調査船「しんかい6500」の強みが改めて示されました。生物学者が深海の現場で直接観察し、慎重にサンプリングすることで、限られた潜航機会でも生態系を構成する多くの種を採集できることが実証されました。

異なる分類群を専門とする複数の生物学者が同じ現場で多様な手法を用いて観察・採集を行うことで、より多様な生物を発見できることが示されました。

— JAMSTEC プレスリリースより

2025年9月から10月にかけて、国内外の専門家がJAMSTECに集まりワークショップを開催。採集された528ロット以上の標本を精査した結果、新種38種と新種の可能性が高い28種が確認されました。これらの成果は学術論文として取りまとめられるとともに、「Ocean Census生物多様性プラットフォーム」を通じて一般に公開される予定です。

編集部の解説

14種から80種へ — 「調べていなかっただけ」という衝撃

南海トラフの冷湧水域でこれまで報告されていた生物はたった14種でした。今回の調査で一気に80種が確認されたということは、過去の記録が「少なかった」のではなく、そもそも「調べていなかった」ことを意味します。地震研究で注目されてきた南海トラフに、これほど豊かな化学合成生態系が広がっていたことは、日本の深海研究にとって大きな転換点です。

曜日の名を持つ海山 — ロマンあふれる未踏の世界

日曜海山、月曜海山、火曜海山、金曜海山——名前だけは付けられていたものの、深海の生物調査が一度も行われていなかった海山群。そこにガラス海綿の群集やコシオリエビの新種5種など、驚くべき多様性が眠っていました。地理的に隔離された海山は独自の進化が進みやすく、固有種の宝庫となる可能性を秘めています。

海底資源開発時代に不可欠な「影響を受ける前」の記録

メタンハイドレートの開発や洋上風力発電など、今後の人類活動は深海にも及びます。今回の調査で得られた生物多様性のベースラインデータは、開発による環境影響を評価するための比較基準となります。「何がそこにいたのか」を知らなければ、「何が失われたのか」も分かりません。科学的な記録を残すことの重要性を改めて感じさせる研究成果です。

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