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そびえ立つサンゴと小さな虫たち — MBARIが挑む深海底の無脊椎動物マッピング

深海ログ編集部
出典: MBARI — Towering corals and tiny worms: Mapping the invertebrate community on the deep seafloor原文を読む →
深海底の小さな岩に多種多様な無脊椎動物が密集している様子。

はじめに — 深海底の「完全な生態系」を解き明かす

深海底の完全な生態系とは、一体どんな姿をしているのでしょうか。MBARIの研究チームは、最先端のマッピング技術を駆使して、深海底に広がるサンゴ、海綿、そして微小な無脊椎動物の群集を、かつてない精度で描き出そうとしています。Deep Sea 3D遠征の一環として、スポンジリッジとセントラルスロープコーラルズの2つの注目サイトで調査が行われました。

深海底の小さな岩に多種多様な無脊椎動物が密集している様子。ポリキータ(多毛類)、海綿、小型甲殻類などが見える。
深海底の小さな岩に密集する無脊椎動物の群集。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI

背景 — 「ぼやけたスナップショット」から「高解像度パノラマ」へ

MBARIでは、科学者とエンジニアが協力して海洋探査を推進しています。シーフロア・マッピング・ラボの低高度測量システム(Low-Altitude Survey System)や、CoMPASラボのポータブル・マッピング・システム(PoMS)といった革新的な技術により、深海底の探査は新しい段階に入りました。

ロボット潜水艇を活用し、センチメートル単位の地形データと高解像度のフォトモザイク画像を生成することで、生物がどこに、どのように分布しているかを正確に把握できるようになったのです。いわば、「ぼやけたスナップショット」から「高解像度のパノラマ写真」への進化です。

MBARIの研究チーム。主任エンジニアのジャンカルロ・トロニ(左)、博士研究員のオリビア・ソアレス・ペレイラ(中央)、上級研究員のスティーブ・リトヴィン(右)が、MiniROVでマッピングする研究サイトを選んでいる。
研究チーム(左からトロニ、ソアレス・ペレイラ、リトヴィン)がマッピングサイトを検討中。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI

調査の詳細 — 2つの注目サイトでのマッピング

スポンジリッジとセントラルスロープコーラルズ

博士研究員のオリビア・ソアレス・ペレイラと上級研究スペシャリストのスティーブ・リトヴィンは、MBARIの底生生物学・生態学チームの一員としてDeep Sea 3D遠征に参加しました。調査対象は、スポンジリッジセントラルスロープコーラルズの2サイト。いずれも海綿やサンゴが繁茂し、多様な海洋生物の楽園となっている場所です。

セントラルスロープコーラルズは、底生生物学チームとモントレー湾水族館のパートナーが過去に研究してきた場所ですが、CoMPASラボにとっては新たな調査地点です。今回の遠征で初めて高解像度マッピングデータが収集されることになりました。

Deep Sea 3D遠征での深海底調査の様子。
Deep Sea 3D遠征での深海底調査。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI
セントラルスロープコーラルズで撮影された大型のバブルガムサンゴ(Paragorgia arborea)。ピンク色の枝が広がっている。
セントラルスロープコーラルズの大型バブルガムサンゴ Paragorgia arborea。Image: © 2026 MBARI

岩石サンプルから広がる発見

マッピングに加えて、遠征チームはMiniROVを使って海底からの岩石サンプルの回収も行いました。博士研究員のオリビアはこれらのサンプルから、すでに驚くべき種の多様性を確認しています。

  • 多毛類(ポリキータ / polychaete) — 深海底の岩に付着する環形動物
  • 海綿動物(かいめん / sponge) — 海底の「庭園」を形成する基盤生物
  • カニ類 — 深海底に生息する甲殻類
  • その他の小型甲殻類 — 端脚類(たんきゃくるい / amphipod)など
深海底での調査中に撮影された生物群集の様子。
深海底の生物群集。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI

これらのサンプルは陸上に持ち帰った後、詳細な種同定が行われます。サーリッジでは、これまで底生生物学チームは主に大型の動物相に焦点を当ててきましたが、今回の調査では小型の無脊椎動物が食物網にどう組み込まれているのかを解明することが期待されています。

深海底マッピング調査の詳細な様子。
深海底マッピング調査。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI
遠征中の研究チームの活動風景。
Deep Sea 3D遠征の活動風景。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI
深海底の生物と地形の詳細画像。
深海底の生物と地形。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI
無脊椎動物のサンプルを採取する様子。
無脊椎動物サンプルの採取。Image: Marike Pinsonneault © 2026 MBARI

編集部の解説 — 深海底マッピングが切り開く新たな地平

第一に、「見えなかったものが見える」技術革新の意義。従来の深海調査では、ROVのカメラで限られた範囲を撮影するのが精一杯でした。しかしPoMSやLow-Altitude Survey Systemにより、センチメートル単位の精度で広範囲を3Dマッピングできるようになりました。これは深海生態学における「Google Maps」の誕生とも言える革命です。生物の分布パターンを俯瞰的に捉えることで、なぜそこに生物が集まるのかという根本的な問いに迫れるようになります。

第二に、「小さな生き物」こそ生態系の鍵を握っている可能性。深海のサンゴやカイメンといった大型生物は注目を集めやすいですが、その足元に暮らす多毛類や小型甲殻類は見過ごされがちです。今回のオリビア博士の研究は、これら「小さな住人たち」が深海の食物網にどう組み込まれているかを解明する重要な一歩です。生態系全体を理解するには、主役だけでなく脇役にも光を当てる必要があるのです。

第三に、「時間軸」を持つ調査の価値。MBARIは同じサイトを繰り返し調査し、群集構造がどう変化するかを追跡しています。気候変動や海洋環境の変化が深海底のコミュニティにどのような影響を与えているのか — この問いに答えるには、一度きりの調査ではなく、長期的なモニタリングが不可欠です。今回のデータは、将来の比較研究の基盤となる貴重なベースラインとなるでしょう。

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